一夜明けた今日、痛みがあるのは・・・
左足の裏、両太もも、腰から背中にかけてです。
さて、昨日の佐屋街道の様子を。
朝8時23分に国1の“尾張大橋東”交差点から北上を開始しました。
「ここにもあった。造りすぎじゃないの?」
その“イオンタウン”を左手に見て道なりにしばらく進むと道がY字に分かれるので、そこは控えめの道のほうへ進みます。
この辺りは周囲は比較的のどかな雰囲気でした。
国道155号線の交差点を左に曲がり、車の騒音や埃を気にしながら進みました。
“佐屋”交差点を右折したら佐屋代官所址の先に「佐屋船場址」がありました。
写真は進行方向とは逆向きに撮ったのですが、昔は信号の先が川だったそうですよ。
しかもいくつもあったそうで、今はその面影はどこにも見られません。
でもここから歩いた東方向は昔の街道の雰囲気が少し感じられました。
ダイハツの大きな看板がある“須依”交差点を左折します。
しばらく歩くと右側に「佐屋海道址」という石碑があるので、その先の変電所を右折しました。
ここは田んぼの中の道なので車はそんなに通らず、暑かったですけど静かに歩けました。
名鉄の線路を越えてしばらく進み、北側に保育園が見える角を左折しました。
昨日は平日でしたから保育園も子供たちの声で賑やかでした。
細めの道を北上するとそのうち白い建物があるので、右斜めに延びる細い道を進みました。
佐屋街道もこの辺りは斜めに道が延びていたそうですがほとんど消えてしまっているので、こういう昔ながらの「斜め道」を進む時は昔を想像しながら歩けますね。
その後車の量が多い通りを2回またぐことになりますが、どちらも斜めに突っ切る形で強引に進んでください。
神社の横を進んだらそこで昔の佐屋街道がブチッと切れていました。
ここはどうしようもないので、その先の通りを北上します。
車の通りが多い割には狭い道だったので疲れました。
津島市民病院の交差点から2本目、用水路に蓋をしたような道を右折すると「埋田追分」がありました。
この辺りで佐屋街道と津島街道に分かれるようです。
追分の石碑もポツンと寂しそうにありました。
これも進行方向とは逆、北東方向から写真を撮りましたが「左・佐屋」「右・津島」となっていたので、ここまで歩いてきた佐屋街道がほとんど跡形も無く消えてしまっているのがわかります。
区画整理をする時にもう少し気を使ってくれてもいいのにな・・・と思いますね。
大通りに出たらしばらくは東に向けて歩くだけです。
この道も騒音と埃で疲れました。
日光橋の先にある越津町のY字交差点では左側の道をまっすぐ進みます。
右に左にゆっくり曲がる道の先に吉祥寺・憶感神社が見えてきますが、その手前を右折して進み、大通りを左折します。
相変わらず暑いし、足もだんだん痛くなってきて疲れが出てきました。
お腹も空いてきてましたが、そんなに食べれそうも無い・・・。
でも休憩したいし、なるべく遠くまで歩きたいし、自分でも困ってしまいます。
まだまだ先が長いです。
今回は最低でも熱田神宮まで行きたいんですけど、この時はそこまで行けるかどうか心配になってきました。
困ったな~・・・。
ということで、次回に続きます。
最近のコメント